作法|第2章 問いを立てる — テーマから問いへ
この章の狙い
要点: テーマは主題であり、問いは疑問文である。「フローベールの文体」はテーマ、「『ボヴァリー夫人』の農業共進会の場面で、演説と会話はどの頻度で切り替わるか。その切り替えは何を作っているか」が問いにあたる。
レポートの出来は、書き始める前にほぼ決まっている。問いが定まっていれば、あとは根拠を並べるだけになる。問いがないまま書き始めると、何を書いても字数が埋まらない。
テーマと問いの違い
| テーマ | 問い | |
|---|---|---|
| 形 | 名詞句 | 疑問文 |
| 例 | ボードレールと都市 | 『悪の華』の「パリ情景」で、群衆はどのように描かれているか |
| 終わり方 | 終わらない | 答えが出れば終わる |
| 分量 | 本1冊でも足りない | レポート1本で扱える |
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- 📘 問い:本文を調べれば答えが出せて、しかも答えが一通りに決まらない疑問文のこと。「何年に刊行されたか」は調べれば決まるので問いではなく、事実確認にあたる。
⚡ 良い問いの3つの条件
- 答えが割れる。誰が調べても同じ答えになるものは、問いではなく事実確認である。
- 本文で確かめられる。作品の記述を根拠にして答えられる。作者の心情や時代精神は確かめようがない。
- 範囲が限定されている。1つの作品、できれば1つの場面や1つの要素に絞られている。
テーマを問いに変える5つの型
どんな作品にも、この5つのどれかは当てはまる。迷ったら上から順に当ててみる。
| 型 | 形 | 例 |
|---|---|---|
| 比較 | AとBで何が違うか | 『赤と黒』と『ゴリオ爺さん』で、青年が上流社会に入る場面の描き方は何が違うか |
| 変化 | 作品の中でXはどう変わるか | 『異邦人』第1部と第2部で、感情を表す語の頻度はどう変わるか |
| 欠如 | なぜXが書かれていないか | 『異邦人』で、殺された男に名前が与えられていないのはどう機能しているか |
| 矛盾 | 一貫しない箇所は何か | 『ボヴァリー夫人』冒頭の「私たち」という語り手は、なぜ途中で消えるか |
| 頻度 | Xは何回、どこに出るか | 『暗いブティック通り』で、不確定を表す表現はどの場面に集中するか |
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5つのうち、比較・変化・頻度の3つは数えられる。数えられる問いは、根拠が客観的な形で示せるので、学部のレポートでは特に扱いやすい。
⚡ 数えられる問いの強さ
- 「エマは夢想的である」は、読んだ人の印象にすぎない。反論されたら終わる。
- 「エマが読んだ本への言及は作中に◯箇所あり、うち◯箇所は第1部に集中する」は、確かめられる事実である。
- 事実を先に置き、そこから主張へ進む。この順序が、論文の段落の形そのものになる。
悪い問いと、その直し方
| 悪い問い | 何が悪いか | 直した形 |
|---|---|---|
| フローベールは何を伝えたかったか | 作者の意図は確かめようがない | 語り手がエマから距離を取る箇所は、どんな語で作られているか |
| この作品は現代に何を訴えるか | 本文の外に出ている | この作品で、読書が人物の行動をどう決めているか |
| 『レ・ミゼラブル』について | 問いになっていない(テーマ) | ジャン・ヴァルジャンの改名の場面は、それぞれ何によって引き起こされるか |
| フランス文学における愛とは何か | 範囲が広すぎる | 『危険な関係』の手紙で、愛を語る語彙と戦いを語る語彙はどう混ざるか |
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⚠️ 「作者は何を言いたかったか」を問わない
- 確かめる手段がない。作者本人の発言があっても、それは作品とは別の資料にあたる。
- 20世紀以降の文学研究は、作者の意図ではなくテクストの働きを扱う方向に進んできた。理由は08の文学理論で扱う。
- 書き換え方は決まっている。「作者は何を言いたかったか」→「テクストのどんな仕組みが、その効果を作っているか」。
問いを見つける手順
問いは天から降ってこない。引っかかりから作る。
⚡ 問いを作る4段階
- 1. 通読して、引っかかった箇所に印をつける。理由はまだ考えなくてよい。「なぜここで急に」「これは何だ」で十分。
- 2. 印を並べて、共通するものを探す。同じ種類の引っかかりが3つあれば、それは偶然ではない。
- 3. 引っかかりを疑問文にする。上の5つの型を当てる。
- 4. 本文で確かめられるかを試す。確かめられないなら、確かめられる形に言い換える。
すらすら読めた箇所からは問いは出ない。分からなかった箇所、違和感の残った箇所だけが問いの種になる。だから、分からないまま記録しておくことが要る。
問いを絞る
最初に出てくる問いは、たいてい大きすぎる。3回絞る。
| 段階 | 例 |
|---|---|
| 最初 | ボードレールの詩における都市 |
| 1回絞る | 『悪の華』の「パリ情景」における都市の描かれ方 |
| 2回絞る | 「パリ情景」で、群衆の中の一人がどう切り出されるか |
| 3回絞る | 「白鳥」と「小さな老婆たち」で、語り手が特定の一人に目を留める瞬間は、どんな語と時制で書かれているか |
3回目まで絞って初めて、4,000字で扱える大きさになる。絞りすぎて書けなくなる心配は、ほとんどの場合いらない。狭い問いのほうが、書くことは増える。
作業仮説を立てる
問いが決まったら、現時点での答えの見当を書いておく。
- 📘 作業仮説:調べる前に立てておく、暫定(ざんてい)の答えのこと。間違っていてよい。何を確かめればよいかが決まることに意味がある。
⚡ 作業仮説の書き方
- 一文で書く。「〜ではないか」で終わる形でよい。
- 確かめる方法を並べて書く。「本文の◯◯を数える」「◯◯と◯◯を比べる」。
- 外れたら、外れたことを書く。「予想と違い、実際には〜だった」は、それ自体が結論になる。失敗ではない。
⚠️ 仮説に合う証拠だけを集める
- 合わない箇所を無視すると、論は必ず崩れる。読んだ人はそこを突いてくる。
- 合わない箇所こそ先に書く。「ただし◯箇所では逆の形が見られる。これは〜と考えられる」と処理する。
- 例外の処理ができている論は強い。例外がないふりをした論より、はるかに信用される。
問いを1行で言えるようにする
書き始める前に、問いを1行で言えるかを確かめる。言えないなら、まだ問いが決まっていない。
⚡ 1行に落とす形
- 「◯◯において、◯◯はどのように◯◯されているか」が基本の型になる。
- 例:「『脂肪の塊』において、食事の場面は登場人物の道徳的な立場をどのように反転させているか」
- 指導教員に相談するときも、この1行から始める。テーマだけを持っていくと、まず問いを作るよう言われる。
問いの実例 — 10の作品から
型を当てるとどうなるかを、実際の作品で見る。そのまま使ってもよいし、自分の関心に合わせて作り変えてもよい。
| 作品 | 型 | 問いの例 |
|---|---|---|
| 『ロランの歌』 | 頻度 | 「フランス」という語はどの場面に集中して現れるか |
| 『エセー』 | 変化 | 版を重ねるごとに加筆された箇所は、どんな種類の記述か |
| 『フェードル』 | 欠如 | 主人公が自らの情念を語る場面で、直接それを名指す語はどこに現れるか |
| 『タルチュフ』 | 変化 | 主人公が登場するまでの2幕で、彼はどのように語られているか |
| 『カンディード』 | 頻度 | 楽天主義を唱える人物の台詞は、どの災厄(さいやく)の直後に置かれているか |
| 『危険な関係』 | 比較 | 同じ出来事を語る2通の手紙で、語彙はどう違うか |
| 『赤と黒』 | 変化 | 主人公の内面が地の文に溶ける箇所は、第1部と第2部でどう分布するか |
| 『ボヴァリー夫人』 | 矛盾 | 冒頭の「私たち」という語り手は、どこまで持続し、なぜ消えるか |
| 『悪の華』 | 比較 | 「憂鬱」と「理想」の詩篇で、上下の方向を示す語の使われ方はどう違うか |
| 『異邦人』 | 頻度 | 感情を表す語は、第1部と第2部でどれだけ頻度が変わるか |
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⚡ 実例から読み取れること
- どれも1つの作品に閉じている。複数作品にまたがる問いは、学部では扱いが重い。
- どれも本文を見れば確かめられる。作者の意図も時代精神も出てこない。
- どれも「数える」か「比べる」で始められる。着手の敷居が低い。
問いから作業へ
問いが決まったら、明日から何をするかを決める。ここまで落とさないと動き出せない。
| 問い | 明日やること |
|---|---|
| 感情語の頻度は第1部と第2部でどう変わるか | 原文の電子テクストで、感情を表す語を検索して数える |
| 冒頭の語り手はどこまで持続するか | 「私たち」という語が最後に出る箇所を特定する |
| 2通の手紙で語彙がどう違うか | 2通を印刷し、語を種類ごとに色分けする |
⚡ 作業に落とす3条件
- 1日でできる単位に切る。「読む」ではなく「第1部の1〜3章を読み、印を付ける」。
- 結果が形に残る。数、表、印を付けた紙。頭の中だけで終わる作業を入れない。
- 最初の作業を、今日か明日に置く。着手が遅れる最大の原因は、作業が大きすぎることにある。
⚡ 第2章の通過チェック
- テーマと問いの違いを、形の面から言える
- 良い問いの3条件を言える
- 問いを作る5つの型を挙げ、数えられるものを3つ選べる
- 「作者は何を言いたかったか」を書き換える形を言える
- 問いを作る4段階を言える
- 作業仮説とは何か、外れたときにどうするかを言える
次章へ
問いが立ったら、それが本当に新しいのかを確かめる必要がある。同じ問いに誰かがすでに答えているかもしれない。
次章は資料を探すである。明治大学図書館のデータベース、フランス語の文献データベース、電子化されたテクスト。何をどこで探せばよいかが分かれば、調べる時間は数分の一になる。