分析|第12章 語りを分析する — 話法・視点・時間
この章の狙い
要点: 語り手は作者ではない。『異邦人』を語っているのはムルソーであって、カミュではない。この区別ができていない分析は、すべて作者の意図の話に流れていく。
語りの分析は、3つの問いに分解できる。「誰が語っているか(話法)」「誰の目から見えているか(視点)」「どんな順序と速さで語られているか(時間)」。この3つは独立している。
語り手と作者を分ける
- 📘 語り手:作品の中で語っている存在のこと。作品の外にいる作者とは区別する。
- 📘 登場人物:作品の中で行動する存在。一人称の作品では、語り手と登場人物が同一人物であることが多いが、同じ時点の同じ人物とは限らない。
| 作品 | 作者 | 語り手 |
|---|---|---|
| 『異邦人』 | カミュ | ムルソー(登場人物でもある) |
| 『ボヴァリー夫人』 | フローベール | 名前のない三人称の語り手(冒頭だけ「私たち」) |
| 『告白』 | ルソー | 過去を回想するルソー(作者と同名だが、書いている時点の別人) |
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⚠️ 一人称なら語り手=作者、ではない
- 『告白』でも、語り手は「書いている時点のルソー」であり、語られる出来事の中にいるルソーとは時間がずれている。
- 回想の一人称では、「語る私」と「体験した私」が常に2つある。この距離が、しばしば分析の対象になる。
- 例:『告白』で、幼い自分の行為を大人の視点から評価する箇所。2つの「私」が同じ文の中に入っている。
話法の3つ
誰の言葉が、どういう形で置かれているか。
| 話法 | 形 | 例(日本語で示す) |
|---|---|---|
| 直接話法 | 引用符と伝達動詞 | 彼は言った。「私は行く。」 |
| 間接話法 | 伝達動詞+従属節 | 彼は、自分は行くと言った。 |
| 自由間接話法 | 引用符も伝達動詞もない | 彼は行くつもりだった。もう決めたことだ。 |
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- 📘 自由間接話法:登場人物の言葉や思考を、引用符も「〜と言った」も付けずに地の文に組み込む書き方のこと。誰の声なのかが揺らぐ。フランス語では、時制が間接話法(半過去・条件法)に合わせられる一方、感嘆や疑問の語調は人物のまま残る。
⚡ 自由間接話法の見分け方
- 時制は地の文(半過去・条件法)になっている。
- しかし語彙と語調は人物のものである。感嘆符、疑問符、口語的な語。
- 時と場所を示す語が人物の側にある(「明日」ではなく「翌日」となっていない、など)。
- 「彼は思った」を補って読めるが、書かれていない。
この技法が全編に及ぶ作品としてフローベール『ボヴァリー夫人』が挙げられる。エマの声と語り手の声が分離できないため、皮肉とも共感とも読める。
視点(焦点化)の3つ
誰の目から見えているか。話法とは別の問いにあたる。
- 📘 焦点化:語られる出来事が、誰の知覚と知識を通して提示されているかを指す概念。
| 型 | どこまで見えるか | 目印 |
|---|---|---|
| ゼロ焦点化(全知) | すべて。複数の人物の内面も、未来も | 「彼は知らなかったが、そのとき〜」 |
| 内的焦点化 | 一人の人物が知っていることだけ | 他人の内面は推測の形でしか出ない |
| 外的焦点化 | 外から見える行動と発言だけ | 誰の内面にも入らない |
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⚡ 判定の手順
- 他人の内面が断定形で書かれているか。書かれていれば、ゼロ焦点化の可能性が高い。
- 語り手が人物より多くを知っているか。「後になって分かることだが」があれば全知にあたる。
- 内面がまったく書かれないか。外的焦点化。会話と動作だけで進む場面に多い。
- 途中で変わることがある。変わる箇所を特定すると、それ自体が分析になる。
⚠️ 人称と焦点化を混同する
- 三人称でも内的焦点化はある。「彼は〜と感じた」だけが続き、他人の内面が出ない形。
- 一人称でも全知に近づくことがある。回想する「私」が、あとから知った事実を織り込む場合。
- 人称は文法の問題、焦点化は情報の問題にあたる。別々に判定する。
時間の3つ
出来事の時間と、語りの時間はずれる。
| 見るもの | 問い | 現れ方 |
|---|---|---|
| 順序 | 出来事の順に語られているか | 回想(前に戻る)、予告(先に飛ぶ) |
| 速さ | 何年を1行で、何分を10ページで | 要約と場面の交替 |
| 頻度 | 1回のことを1回語るか、何度も起きたことを1回語るか | 「毎朝、彼は〜した」(半過去) |
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⚡ 速さの分析が最も使いやすい
- 1ページあたり、作中で何時間が流れているかを測る。
- 極端に遅くなる箇所が、作品の重心にあたる。そこを詳しく分析する。
- 極端に速い箇所は、逆に「省略されている」ことが意味を持つ。「それから3年が過ぎた」の3年に何があったか。
- これは数えられる分析なので、レポートの根拠にしやすい(第2章)。
- 📘 要約:長い時間を短く語ること。「三年が過ぎた」。
- 📘 場面:出来事の時間と語りの時間がほぼ等しい部分。会話がその典型にあたる。
3つを組み合わせて判定する
同じ場面について、3つの問いを順に当てる。
| 手順 | 問い |
|---|---|
| 1 | 誰が語っているか(人称・語り手の位置) |
| 2 | 誰の言葉が、どの話法で置かれているか |
| 3 | 誰の目から見えているか |
| 4 | どの速さで語られているか |
| 5 | 1〜4のうち、途中で変わるものはあるか |
5が最も重要である。変わらないものは背景にすぎない。変わる箇所が、分析すべき箇所にあたる。
⚡ レポートにするときの型
- 「この場面では、◯行目までは〜であるが、◯行目以降は〜に変わる。」
- 「この変化は、〜と同時に起きている。」
- 「したがって、〜と考えられる。」
- 変化の位置を特定できれば、それだけで1段落が書ける。
⚠️ 語りの分析でやりがちな3つ
- 用語を並べて満足する。「内的焦点化である」で止めず、それが何を作っているかを書く。
- 全編を1つの型で片づける。変わる箇所を探すほうが、はるかに実りがある。
- 作者の技巧の巧みさを褒めて終わる。評価ではなく、働きの記述を書く。
判定してみる — 短い場面で
同じ出来事を、4通りの書き方で示す。判定の練習になる。
| 書き方 | 判定 |
|---|---|
| 彼は言った。「私は行かない。」 | 直接話法。三人称。内面には入っていない |
| 彼は、自分は行かないと言った。 | 間接話法。同上 |
| 彼は行かないつもりだった。今さら何を言われようと。 | 自由間接話法。2文目の語調が人物のもの |
| 彼は行かないと答えたが、内心では迷っていた。相手はそれに気づかなかった。 | ゼロ焦点化。2人の内面に入っている |
⚡ 判定の順序
- 引用符があるか → あれば直接話法。
- 伝達動詞があるか → あれば間接話法。
- どちらもないのに人物の声が聞こえるか → 自由間接話法。
- 複数の人物の内面が書かれているか → ゼロ焦点化。
時制から語りを読む
フランス語では、時制が語りの型を決める。
| 時制 | 働き |
|---|---|
| 単純過去 | 書き言葉の物語の時制。語り手と出来事のあいだに距離がある |
| 複合過去 | 現在に接続する。距離が縮まる。『異邦人』が用いた |
| 半過去 | 持続・反復・背景。自由間接話法の地の文にもなる |
| 大過去 | 過去のさらに前。回想の入口 |
| 現在 | 場面の直前化。19世紀以降、意図的に使われる |
⚡ 時制の切り替わりを探す
- 半過去が続いた後の複合過去(または単純過去)は、背景から出来事への転換にあたる。
- その転換の位置が、場面の要(かなめ)になっていることが多い。
- 数えられる。1ページあたりの時制の分布を表にできる(第2章の頻度の型)。
- 時制の形と用法そのものは、フランス語の教材で扱っている。
分析を1段落にする — 型
⚡ 書き方の型
- 1. 対象を示す。「第2部第3章の、裁判が始まる場面を見る。」
- 2. 観察を数で示す。「この場面の12段落のうち、9段落が複合過去で書かれている。」
- 3. 例外を示す。「残る3段落は半過去で、いずれも法廷の外の描写にあたる。」
- 4. 解釈する。「出来事と背景が、時制によって切り分けられている。」
- 5. 問いに戻す。「この切り分けは、〜という本稿の問いに対して〜を示す。」
5段階で1段落になる。この形を繰り返すだけで、本論が組み上がる(第8章)。
⚡ 第12章の通過チェック
- 語り手と作者を区別する理由を言え、『告白』の例で説明できる
- 話法の3つを、形の面から言い分けられる
- 自由間接話法の見分け方を4つ言える
- 焦点化の3つを、見える範囲の面から言える
- 人称と焦点化が別の問題である理由を言える
- 時間の3つの見方を言い、最も使いやすいものとその理由を言える
- 語りの分析で最も重要な問いを言える
次章へ
語りが「誰が、どこから、どの速さで」の問題だとすれば、修辞は「どんな言い方で」の問題にあたる。
次章は修辞である。比喩・対比・反復・誇張。名前を知っていると見つかるようになり、見つかると数えられるようになる。