作法|第10章 日本語で書く — 論文の文体
この章の狙い
要点: 論文の文体は、格好をつけるためではなく、誤読されないためにある。誰が読んでも一通りにしか読めない文が、論文の文にあたる。
難しい語を使う必要はない。短く、主語と述語が近く、断定と留保が区別されている文であれば、それで十分である。
「だ・である」体で書く
| 使う | 使わない | |
|---|---|---|
| 文末 | 〜である/〜だ/〜する | 〜です/〜ます |
| 判断 | 〜と考えられる/〜と言える | 〜だと思う/〜な気がする |
| 推量 | 〜であろう/〜と推測される | 〜かもしれない(多用しない) |
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⚠️ 文体でよくある3つの崩れ
- 「です・ます」と「である」が混ざる。全体で1つに統一する。
- 話し言葉が入る。「ちょっと」「けっこう」「〜みたいな」は使わない。
- 主語が「私」で始まる文が続く。「私は〜と思う」ではなく「〜と考えられる」「本稿は〜を示す」と書く。
「本稿」は使ってよい。論文そのものを指す語であり、書き手の人格を出さずに主語を立てられる。
一文を短くする
一文が3行を超えたら、切れないか疑う。
| 長い文 | 直した形 |
|---|---|
| エマが読んだ小説の影響で作られた期待は現実と一致せず、その不一致が彼女を借金へと導き、最終的には死に至らせるという構造がこの作品にはあり、それは冒頭から用意されている。 | エマの期待は、修道院で読んだ小説から作られている。現実はそれに応えない。この不一致が、借金から死までを一本に貫いている。そして、その構造は冒頭から用意されている。 |
⚡ 文を短くする3つの手
- 「〜し、〜し、〜する」を切る。接続助詞でつないだ節は、たいてい独立した文にできる。
- 修飾語を述語の近くに置く。主語と述語が離れるほど読みにくくなる。
- 一文一情報にする。1つの文で2つのことを言おうとすると、必ず長くなる。
避ける表現
| 避ける | 理由 | 代わりに |
|---|---|---|
| 〜と思う | 主観の表明であって論証ではない | 〜と考えられる/〜と言える |
| 〜ではないだろうか | 問いかけて終わっている。答えていない | 〜である/〜と考えられる |
| 非常に/とても/かなり | 程度が測れない | 数を示す。「◯箇所のうち◯箇所で」 |
| 明らかに/言うまでもなく | 根拠を示さずに済ませている | 根拠を書く |
| 筆者は感動した | 感想にあたる | 書かない |
| 〜のような気がする | 論文の語ではない | 書かない |
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⚠️ 「〜ではないだろうか」の危うさ
- 問いかけの形をとると、主張の責任を負わずに済む。だから使いたくなる。
- しかし読者は、答えが書かれていないと受け取る。説得されない。
- 自信がないなら、留保の形で断定する。「〜と考えられるが、◯◯の点については確認できていない。」これは主張であり、同時に誠実である。
断定と留保を使い分ける
すべてを断定すると危うく、すべてを留保すると何も言っていないことになる。
| 確からしさ | 書き方 |
|---|---|
| 本文から直接示せる | 〜である。/〜が確認できる。 |
| 本文から推論できる | 〜と考えられる。/〜と見てよい。 |
| 可能性の1つ | 〜という読みも成り立つ。/〜と解する余地がある。 |
| 確認できていない | 〜については本稿では確認できなかった。 |
⚡ 使い分けの基準
- 数えた結果、引用できる箇所があるもの → 断定してよい。
- 複数の箇所から総合したもの → 「考えられる」。
- 他の解釈も同程度に成り立つもの → 「という読みも成り立つ」。
- この3段階を意識して書き分けると、論全体の信頼度が上がる。
接続詞を正しく使う
| 接続詞 | 意味 | 誤用 |
|---|---|---|
| したがって/ゆえに | 前が根拠、後が結論 | 根拠になっていないのに使う |
| しかし/だが | 前と後が対立する | 対立していないのに使う |
| つまり/すなわち | 言い換え | 言い換えになっていない |
| また/さらに | 並列・追加 | 多用すると、並べただけの文章になる |
| なぜなら | 理由。文末は「〜からである」 | 文末が呼応していない |
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⚡ 接続詞のチェック法
- 接続詞を全部消して読んでみる。意味が通るなら、その接続詞は要らないか、正しく使われている。
- 意味が通らなくなるなら、その接続詞が論をつないでいる。残す。
- 「また」で始まる段落が3つ続いたら、構成に問題がある。(第8章)
用語を統一する
同じものを違う語で呼ばない。
⚠️ 統一されていない例
- 「語り手」「ナレーター」「話者」が混在する → 1つに決める。
- 「自由間接話法」「間接自由話法」が混在する → どちらでもよいが、1つに決める。
- 人名の表記が「フローベール」「フロベール」で揺れる → 決めて、最後に検索して確かめる。
- 作品名が『ボヴァリー夫人』『ボヴァリイ夫人』で揺れる → 同上。
用語を初めて使うときは、定義する。「本稿では、〜を〜の意味で用いる。」の一文があるだけで、読み手の迷いが消える。
推敲の手順
書き終えてからが半分である。
⚡ 推敲の5回
- 1回目:構成を見る。各段落の1文目だけを拾って読む。それだけで論の筋が通るか。
- 2回目:段落を見る。1段落に2つ以上のことが入っていないか。
- 3回目:文を見る。3行を超える文を切る。主語と述語を確かめる。
- 4回目:語を見る。避ける表現、用語の揺れ、表記の揺れ。
- 5回目:形式を見る。引用、注、参考文献、ページ番号。
⚡ 声に出して読む
- 息が続かない文は長すぎる。
- 読み間違える箇所は、係り受けが曖昧な箇所にあたる。
- 紙に印刷して読むと、画面では見えなかった誤りが見える。理由は分からないが、実際にそうなる。
主語と述語を近づける
日本語は述語が文末に来るので、主語と述語が離れると読みにくくなる。
| 離れている | 近づけた |
|---|---|
| エマが修道院で読んだ恋愛小説によって作られた現実離れした期待は、結婚生活の平凡さと衝突することになる。 | 修道院で読んだ恋愛小説が、エマの期待を作った。その期待は、結婚生活の平凡さと衝突する。 |
⚡ 近づける3つの手
- 修飾語を前に出す。主語の前に置けるものは、前に置く。
- 文を切る。主語と述語のあいだに節が2つ以上あるなら、切れる。
- 主語を変える。受け身にすると近くなることがある。ただし受け身の多用は避ける。
段落の1文目を並べて読む
推敲の1回目でやること(本章の推敲の5回の1回目)を、具体的に示す。
⚡ 手順
- 1. 各段落の1文目だけを、順に書き出す。
- 2. それを続けて読む。
- 3. 論の筋が通っていれば、構成は正しい。
- 4. 通らないなら、段落の順序か、1文目の書き方に問題がある。
1文目に主張が置かれていれば(本章の段落の4文モデル)、この作業が成立する。成立しないこと自体が、段落の作り方の問題を示している。
用語の統一を機械的に確かめる
⚡ 提出前にやる検索
- 人名。「フローベール」で検索し、「フロベール」がないかを確かめる。
- 作品名。表記の揺れを潰す。
- 術語。「自由間接話法」「間接自由話法」など。
- 文末。「です」「ます」が残っていないか。
- 避ける表現。「と思う」「ではないだろうか」「非常に」を検索して潰す。
5つとも、検索で数分で終わる。やらないと必ず残る。
数を示す書き方
数えた結果を書くとき、形が決まっている。
| 悪い | よい |
|---|---|
| 感情語が多く見られる | 感情を表す語は第1部に◯例、第2部に◯例現れる |
| ほとんどの章で | 全20章のうち17章で |
| かなり集中している | ◯例のうち◯例が、第◯章から第◯章に集中する |
⚠️ 数を示すときの注意
- 何を数えたかを先に定義する。「感情を表す語」の範囲を決めておく。
- 数え方を書く。手で数えたのか、検索したのか。再現できる形にする。
- 総数を示す。「17例」だけでは多いか少ないか分からない。「全◯例のうち17例」と書く。
⚡ 第10章の通過チェック
- 論文の文体の目的を一文で言える
- 「だ・である」体で、判断と推量をどう書くかを言える
- 一文を短くする3つの手を言える
- 避ける表現を5つ挙げ、代わりの書き方を言える
- 確からしさの4段階と、その書き分けを言える
- 接続詞のチェック法を言える
- 推敲の5回を、見る対象の順に言える
次章へ
ここまでが調べて書く作法である。次からはテクストそのものを分析する道具に移る。
次章は精読である。1つの短い断章を、隅から隅まで読み尽くす。フランスの教育で伝統的に行われてきた手順があり、それを覚えると、何を見ればよいかで迷わなくなる。